そんなに難しいことではないが、毎年この時期になると「どうやったっけ」となるのでメモしておく(PandAは教務情報システムとの連携を行っていると言われているので、本来はもっとスムーズになって欲しいのが本音である)。 (さらに…)
カテゴリー: 日記
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スイスに一年間長期出張することになった
平成28年度 ジョン万プログラムOverC+ 研究者派遣プログラムに採択され、10月からの一年間、スイスのルガノに滞在することとなった。
申請から採択まで、中村センター長、喜多教授をはじめ多数の皆様にご尽力いただいたことに厚く御礼申し上げる。また、出張中には多くの方々にご迷惑をおかけすることになるが、何卒よろしくお取り計らい願いたい。
本ブログでは、採択までの経緯を「ジョン万への道」シリーズで、その後は渡航準備などについてお報せすることになるだろう。
他の記事に合わせ「だ」「である」体に変更したがなかなか難しい。
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ジョン万への道(完) 採択

総長からのリコメンドレターと研究担当理事からの経費負担証明書。こんな立派なものをいただき恐縮している。 7月8日付で採択された旨のメールを7月11日に受信した。ひとまずはホッとした。ここまでをふりかえると、重要なことはただ一つで、「部局内締め切りを守る」ことに尽きる。私のように直接提出すればいいと甘く考えていると、突貫工事の申請書を提出し、完成度の低いその申請書をお忙しい先生方に(強制的に)読ませてしまい、申請書の書き直しという悪循環を招く。自分の時間だけなら良いが、事務方含め、かかわったすべての人達の時間を奪う結果となってしまった。全くもって腑甲斐無い限りである。 (さらに…)
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教員と学生の垣根

D棟を学生食堂下から。このあたりに駐車したものだ。 6月23日に、母校である豊橋技術科学大学で特別講義を行ってきた。内容についてはこのエントリの本題ではないので省略するとして、学生気質について色々と思ったことがあるので書き連ねてみる。 (さらに…)
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ジョン万への道(5) 条件付採択
6月8日に「条件付採択」とのメールを受領した。これは事実上の内定であると言ってよいのだろうが気は抜けない。条件が「申請書再提出(滞在期間の精査、研究の重要性、渡航先選定理由具体化)」であり、やはり突貫工事で作成した申請書の完成度が低かったということだろう。全くもってお恥ずかしい限りである。ご多忙にもかかわらず私の申請書をお読みくださった先生方(もちろん面識はないしどなたなのか知る由もない)に深謝する。 (さらに…)
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ジョン万への道(4) Skypeミーティング
5月4日にSkypeでミーティングを行った。言いたいことが何とか伝わったのか、ミーティング後すぐにInvitation Letterを発行してもらった。先方の教授はレスポンスが早くほんとうにありがたい。心配なことは、イタリア語が全くできないことで、それでも大丈夫かどうか尋ねてみた。受入先のUSIはスイスではもっとも国際的な大学で、大学院は英語が前提なので問題ないとのことであった。また、打ち合わせを9月の出張のついでに行うことになった。 (さらに…)
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ジョン万への道(3) 教育研究データベース更新
申請書の締切りが過ぎていたという話の続きである。理系共通事務部を部局内締切り(*)である4月18日までに通し、チェックの後4月25日に本部に提出という流れだったのだが、部局内締切りを忘れてしまっていた(理系共通事務部の皆様すみません)。担当者には本当によくしてもらった。この場をお借りして深謝する。自分の中では4月25日に提出すれば良いと思っていたものを、できるだけ早く提出しなければならなくなったため、申請書は勢いで作成・提出せざるを得なくなってしまった。 (さらに…)
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ジョン万への道(2) 受入先確保
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海外出張時インフルエンザになった話
3月末に国際会議発表と研究打ち合わせのため、シドニーとブリスベンに出張したのだが、出張先でインフルエンザを発症してしまい、体力をかなり奪われ、回復するまで2週間以上かかった。いや正確にはまだ回復途上である。昨日前期はじめての講義があったのだがフラフラになりながらも何とか務めることができ一区切りついたのではないかと思っている。今回は2週間以上インフルエンザとそれに伴う体調の悪化に悩まされたことになるが、この経験は海外で病気になったときの対処や、国によって医療に関する文化の違いについて色々と勉強になったので、恥を忍んで書き残すことにする。
3月25日に出国し、ITM->HND->SYDの経路で、26日にイースター休暇真っ最中のシドニーに到着。27日に発表を行い、会議終了後の28日夜にブリスベンに移動する旅程である。シドニーのホテルをチェックアウトした28日から体調が悪く、ブリスベンに到着した28日の夜にはかなり高熱となり、ボーッとしていた。たまらないので持参していた解熱鎮痛剤を一度だけ服用した。思えばこれがあまり良くなかったのかもしれない。
ブリスベンでは29日にグリフィス大学を見学させていただいた。お世話になったW先生に感謝する。W先生にはせっかくレンタカーを借りているのでドライブをとすすめていただいたが、体調が悪くそれどころではなかった。この時点では熱は36度後半となり、一旦落ち着いていたため、熱が下がるまでさらに休養すれば良いと思っていたのである。しかし帰国する30日になっても、いっこうに熱が平熱まで下がらずボーッとした状態であった。このままでは帰国のフライトが地獄になる。クレジットカードに海外旅行の保険が付帯していることを思い出し、窓口に電話し30日の午前に受診できる病院を紹介してもらった。こういうこともあろうかと、「保険のご案内」リーフレットを持参しておいたのだ。
紹介してもらった病院はブリスベンの中心地にある日系のクリニックで、検査の結果B型インフルエンザであった(日本と同じく鼻の奥を採取する)。発症して48時間を越えていると思われることからリレンザの投与はできず、このまま休養し、発熱時には解熱鎮痛剤、抗炎症剤を服用するようにアドバイスを受けた。ちょっとビックリしたのが、薬が「○日分」ではなく、箱ごと処方されたこと。また、病院じたいかなりカジュアルな雰囲気で、診察中もフレンドリーに会話されるドクターであったのも少々びっくりした(日本人ドクターです)。これらの診察、投薬すべてはクレジットカード付帯の保険で賄うことができた。面倒な手続きは一切なく、クリニックで渡された書類にカード番号を記入するだけであった。今回はカード付帯とはいえほんとうに助かった。
帰国のフライトは案の定苦行となってしまった。もちろん解熱鎮痛剤を飲めば熱は抑えられる。しかしこれは免疫の働きを抑えていることに他ならないため、結局インフルエンザを長引かせることになってしまう。インフルエンザであることをCAに知らせると、色々と特別対応モードになった。どこのトイレを使ったかとか、鳥との接触はなかったかとか、うんざりである。別の話になるが、オーストラリアでマスクをしていると予想通り奇異の目で見られた。「He is a doctor.」とか言われたが気にしないことにした。
こんな調子で帰国しても熱が下がらないため、帰宅後の夕方病院に駆け込んだ。先生にオーストラリアで処方された薬を見せると、やはり箱ごと出していることに驚いていた。また、日本は医療保険に基づく診療が一般的だが、欧米はいわゆる自由診療のため、言わなければ、またお金を出さなければ、ある程度の診療で終わることが多いのではと仰っていた。病院がカジュアルな雰囲気であったことを思い出し納得した。ラピアクタ(点滴)を処方してもらい、体を温める漢方薬を出していただいた。
結局熱が下がったのが4/1で、その後も体調が戻らず4/5まで休暇をいただくことになってしまった。全力疾走できるようになったのが4/13なので2週間以上かかったことになる。ほんとうにインフルエンザは大病である。